この記事は、教育現場における出題の質や、検証のあり方について考察するための記録です。
未来の受験生にとって、公平で正確な試験が実施されるよう、引き続き注視してまいります。
◆ 問題の概要と都教委の見解
平成28年度 東京都立高等学校入学者選抜学力検査(理科)の大問3・問1に関して、出題の正当性に疑問が生じました。
この設問では、金星の見え方(満ち欠けの様子)を、複数の図から判断させる内容となっており、 問題文に与えられた図2(望遠鏡で見た金星の満ち欠けの様子)と、図3(太陽と惑星の位置関係)との対応が焦点でした。
都教育委員会は、2016年3月4日に公式見解を発表しましたが、その後、一部の不適切な図の線が修正されたのみで、 本質的な問題解決には至っていません。
※この見解は、かつて東京都教育委員会の公式サイトに掲載されていましたが、現在はページが削除されており、リンク切れとなっています。
参照元URL(現在は閲覧不可):http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/28nyusen/mondai_r.html
◆ 作問ミスの本質:「ウ=半月状」とする誤認?
この問題において最も重大な誤りは、作問者が「ウの位置にある金星が半月状に見える」と誤認した可能性が高いことです。
月の満ち欠けの問題では、中央に地球があり、横から太陽光が照らされる図をもとに考えるため、ウの位置は“半月”として理解されやすい構図になります。
しかし、金星の見え方はそれとは異なり、観測者は常に地球上から太陽と金星の角度(離角)を見て判断します。
金星の場合、半月状に見えるのは「エ」の位置であり、このとき金星は地球から見て太陽とほぼ直角に位置します。この位置を最大離角と呼びます。
「ウ→イ→ア」と金星が太陽寄りに移動するにつれて、光って見える面積は増していき、「半月より満ちた形」に近づきます。
図2の観察結果と最もよく一致するのは「イ」であると考えられるものの、「ウ」も明確に誤りとは断定しきれない位置にあります。
にもかかわらず、作問者が「ウの位置で半月状に見える」と誤認したまま設問を構成し、「ウ」を除外した点が、本件の出題ミスの核心であるといえるでしょう。
◆ 都教委とのやり取りから見える矛盾
本件に関して、筆者が都教委に問い合わせを行ったところ、3月15日に作問担当者の方から直接お電話をいただきました。以下は、その際のやりとりの要旨です:
筆者:「図2の金星の満ち欠けの様子“のみ”から考えると、図3での正解は模範解答の『イ』になるのは理解できます。 ただし、選択肢『ウ』も光って見える割合が近く、答えとして選ばれる可能性を否定できません。 『ウ』を消去する明確な理由は何ですか?」
作問担当者:「……図2のように見える金星を図3から選ぶと、『ア』か『イ』です。」
筆者:「それでは、『ア』に正答の可能性があるとするなら、同様に『ウ』にもあると考えるのが妥当ではありませんか? 『エ』は最大離角の位置にあるように見えますが、どう判断すればよいのでしょう?」
作問担当者:「図2からは『ア』か『イ』です。」
筆者:「『ア』は円に近く、『ウ』はイを境に対称的に見える位置にありますよね。 その両者が同様に答えとなる可能性があるのに、『ウ』だけを消去する理由が納得できません。」
作問担当者:「……我々の見解としては、図2からは『ア』か『イ』です。」
このやり取りからも、作問側が「ウ=半月状」と判断したこと、またそれだけを根拠として、「ウ」を除外した姿勢がうかがえます。
なお、本件については、他にも問題点を指摘している方がいらっしゃいます。以下の外部記事も、出題構造や都教委の対応に関する重要な論点を提起しています:
- 👉
『都立高校入試における出題ミス問題』|WEDGE Infinity(外部リンク)
※特に6ページ目では、都教委の3月4日の公式見解への反論がまとめられています。 - 👉
『都立高校入試「出題ミス問題」に都教委が反論』|WEDGE Infinity 続報(外部リンク)
◆ 理科・数学的検証:「ウ」を除外できない理由
地球からの視点で、図3の位置関係に基づき天体(金星ア~エ、火星、月)へ地心から線を引いてみると、金星「ウ」は月と火星の間の位置にあり、図1との整合性が高い位置です。
しかし、都教委の最終的な見解では、「図に線を引いて判断するのは指導範囲外」としており、このような理にかなった思考を評価しない姿勢が見られます。
ところが、同時に「アを除外する理由」として「火星より先に沈む=地球・火星の線より右にある」という説明をしており、これはまさに“線を引いて判断する”思考です。
つまり、作問側の論理自体に矛盾があります。
※都教委は2016年3月4日に最初の見解を公表しましたが、そこでは図に線を引いて解説する図示も含まれていました。
しかし、その内容には「惑星の見かけの位置は、模式図において地球の中心から観測線を引くのが原則である」にもかかわらず、地球表面からの観測を想定してしまうという、理科的に明確な誤りが含まれていました。
当初は、図に線を引いて判断させる意図があったものの、指摘を受けた後の対応が不十分だった可能性も否めません。
◆ 教育的観点からの問題点と提言
この設問の構造は、
● 図1からは「ウ」が正答、
● 図2からは「イ」が正答(ただし、ウの可能性も残る)、
● 両者を総合して判断すれば「ウ」が最も適切、ただし模範解答はイ。
という複雑なものとなっており、多くの受験生に混乱を与えたと考えられます。
都教委の一部回答では「受験生の解答でアとイが多かったから問題はない」とも伝えられましたが、これは学術的・教育的根拠とは言えません。
また、受験生の多くが図2のみを手がかりに解いたため、ア・イを選んだ結果が「多数派」になっただけであり、
ウやエを選ばなかったことが誤答の証明にはなりません。
本来、設問の作成にあたっては、曖昧な選択肢を明確に除外できる根拠を示すべきです。
それができないのであれば、設問構成自体を見直すべきだったと言えるでしょう。
◆ 結論:今後の出題に求められる姿勢
今回の問題は、単なる図の不備ではなく、設問構造と作問者の科学的理解のズレにより生じた出題ミスです。
「どの図を基準に判断すべきか」が明示されていないまま複数の資料を与え、真面目に考えた受験生ほど迷いやすい設計となっていたことは、非常に残念です。
また、図をもとに丁寧に作図したり、公転周期などを踏まえて検証したりするような姿勢こそ、本来は理科教育のあるべき姿です。
それを「指導範囲外だから」として排除するのでは、学ぶ意欲に水を差す結果となりかねません。
都立入試が「思考力・判断力・表現力」を問う場であるなら、出題側もまた、受験生の多様な考察を受け止め、設問の妥当性を柔軟に見直す姿勢が求められます。
今後、同様のことが繰り返されないよう、出題と検証の在り方を引き続き見守っていきたいと思います。